『通俗伊蘇普物語』渡部温訳、谷川恵一解説(平凡社・東洋文庫)
2001年9月10日初版発行
309頁
明治期に翻訳された『イソップ寓話』。
現代語訳や注はない。
地の文章は、文語と口語の中間のような感じで、会話文が江戸時代の口語のように訳されているのが特徴。なかなか興味深いが筆者は、『万治絵入本 伊曾保物語』をおすすめする。本書を読むにしても先に『万治絵入本~』を読むのがよいだろう。
(p.30)
蟻と螽斯*の話夏もすぎ秋もたけ。稍々冬枯の頃になりてある暖なる日。蟻ども多く打あつまり。夏の日にとり收たる餌を日に晒とて。穴より引出し居たり。かゝるところにいと飢つかれたるきりぎりす蹣跚來て。命をつなぐため。いさゝか其餌を分ち給はれと乞へり。其時古老の蟻ふりかへり見て。「如何樣御辺はきりぎりすよな。汝は夏中何をして暮されしや。何故食に困らるゝや」と問へば。きりぎりす驕色に答て。「此夏はいと面白こそありつれ。花に戲れ葉に眠り。口には露。身には羅衣、謠ひもしつ舞もしつ」と、いひもきらぬに蟻打笑ひ。「さらば合力は御無用なり。我等は夏の炎天に脊をさらして餌を運び。此冬枯の用意をなしたり。故の今日の安心あり。永の夏中踏歌ひて徒に日を消りしものは、冬になりては飢べきはづなり。我は知らず」と答へけるとぞ
[筆者注]
*実際は別の字だが表示できない漢字なのでこの表記にしておく。
[関連]
『イソップ寓話集』中務哲郎訳(岩波文庫)
『万治絵入本 伊曾保物語』(岩波文庫)